ブラック–ショールズ理論をざっくりと理解してみる

今回は、教養としてブラック-ショールズ理論を捉え、ざっくりとブラック―ショールズ方程式を理解してみようと思う。ブラック―ショールズ理論といえば、金融派生商品の価格付けの基礎となる理論で、ノーベル経済学賞につながった金融工学の理論でもあるので数学的にもかなり難解である。ではなぜブラック―ショールズ理論を教養としてとらえることが有用なのか。それは、長沼(2016)によれば、ブラック―ショールズ理論は確率統計を学ぶには絶好の教材で、文系理系を通じてこれ以上の教材はないと言われているからである。ブラック―ショールズ理論および方程式をざっくりと理解するうえでポイントとなってくるのが、理系的な観点から言えば、正規分布にまつわる考え方、確率微分方程式のイメージ、そして伊藤のレンマと呼ばれる数学概念である。文系的な観点から言うと、無リスクポートフォリオが利益を生み出すイメージである。これらを組み合わせるとブラック―ショールズ理論が直観的に分かることを長沼は示唆する。


まず、ブラック―ショールズ方程式で主に扱う金融資産の動きを理解するうえで決定的に重要なのが、正規分布の理解である。なぜならば、金融市場における株式などの値動きは、ありとあらゆる様々な確率的要素が積み重なって1つの指標として集約されたものだと考えられ、それは、分布の形を問わず、様々な確率分布が合成されていくと正規分布になるという「中心極限定理」を体現したものだからである。正規分布中心極限定理を直感的に理解するうえで有効なのが、ガウスの基本的な思想に立ち返ることだと長沼はいう。その思想とはずばり「この世の中の誤差やばらつきは2つの部分で成り立っている。それは、一定方向に現れる(よって修正可能な部分)と、左右に等分に現れて、確率的にしか扱えない部分である」というものである。いろいろなものが組み合わさると、前者の誤差は相殺されるが、後者の誤差は相殺されないので、左右均等の正規分布になるということである。


この正規分布を基本とする確率分布を、時間軸を加えた2次元で表現すると、確率過程とかランダムウォークになる。先ほどのガウスのイメージを使うと、時系列に見た金融資産の値動きは、右肩上がりとか右肩下がりのようにある方向性を示す「トレンド」の成分と、正規分布にしたがって上下ランダムに動く「ボラティリティ」の成分とが合成されたものを瞬間的な変化(微分)とみなす動きとして理解できる。当然のことながら、t時間後にどの値になっているのかは確率的にしか分からず、その確率が正規分布に従うというわけである。正規分布の幅を示す指標の1つが標準偏差であるが、ランダムウォークでは、時間とともに金融資産の値のとる確率を示す正規分布の幅がどんどん広がっていき、時間をtとするならば、√t倍で広がっていくことを理解するのが重要である。分散の加法性という法則があるので、独立した確率過程がt時間たつと(t回繰り返されると)、毎回分散が足しあわされてt倍になるので、標準偏差は√t倍になるのである。


そして、ブラック―ショールズ方程式を導く際のハイライトとなるのが、数学者の伊藤清による確率微分方程式と「伊藤のレンマ」である。確率微分方程式は、一見すると難しそうに見えるが、要は「一般に物事の動きは、一定方向に動いて人間が予測できる部分と、±どちらの方向にもランダムに動いて確率に委ねるしかに部分に分かれる」というのを、dx = Adt + Bdwという形で表したにすぎない。先述のとおり、これは、全体としては一定の方向に向かいつつ、ジグザグを繰り返して進んでいくランダムウォークである。ただ、ここから、ポートフォリオを組んだりした際に本来知りたい資産価格の動きを予測するための数式を導く際に大きな問題にぶつかる。それは、「トレンド」の部分と「ランダム」な部分が絡まってごっちゃになった「汚い式」になってしまい手が付けられなくなることである。しかしここで「伊藤のレンマ」を使うことで、汚い式を、見事に「トレンド」の部分と「ランダム」の部分に分離することが可能なのである。


伊藤のレンマを使えば、様々な確率微分方程式で求める式を、「トレンド」の部分と「ランダム」の部分に分離できる。そのため、伊藤のレンマを使って、ランダム部分のみを抽出し、ランダム部分を相殺してゼロになるようなポートフォリオを作成すれば、それは無リスクの金融資産になる。そして、価格がどちらに動いても利益がでるような無リスクポートフォリオを作成することもできる。そして、先ほどの確率分布の幅が√tで広がっていく議論を使えば、利益の額の期待値は、時間が経つほど大きくなることも予測できる。利益の期待値が求まれば、それがそのポートフォリオの価格だと理解すればよいのである。このような発想によって様々な資産の価格付けが可能となった。このように優れた特徴をもったブラック―ショールズ理論および方程式はノーベル経済学賞につながったわけであるが、長沼の言葉を借りて極論を言ってしまえば、ブラック―ショールズ理論は、伊藤のレンマを金融の分野に応用したに過ぎないのだということになるのである。伊藤のレンマの真髄は、確率微分方程式において「2つの部分に分離する」ことだったのである。