[misc]ゲスト講演より

人生は巡り合わせ

人生は結局のところ巡り合わせである。悪い状況に巡り合ったら、我慢して、目立たないところでコツコツと取り組む。巡り会わせがよくなり、自分にぴったりのフィールドに来たとおもったら、そこで思いっきり暴れまわるのがよい。

人脈づくりのコツ

自分を大事にしすぎない。周りが困ったときには必ず助ける。上よりも横、下を見て、彼らを守ってあげる。彼らは将来偉くなる。そのときに跳ね返ってくる。接待ゴルフをしないから人脈がつくれないわけではない。表面的なつきあい、仲間ではなく、いかにして深いところで相手の心をつかむかである。

営業のコツ

常に顧客のメリットを考え、それを最優先する。ときには自社を欺いてでも、顧客に尽くす。そうすれば、それは必ず後になって跳ね返ってくる。逆に、顧客を欺くような行為は、短期的には利益を生むかもしれないが、必ず後になってしっぺ返しがある。

自利利他・・・自利とは利他をいふ

http://www.jiririta.com/

利他を実践すれば、いつかは巡り巡って自分の利益になるというような考え方ではなく、「利他の実践がそのまま自分の幸せなのだ」という考え方です。


  たった一人しかない自分を、
  たった一度しかない一生を
  本当に生かさなかったら、
  人間生まれてきたかいがないじゃないか。


自分に与えられた命を精一杯生かす。
このことこそが本当の幸せなのではないでしょうか。

大乗仏教の経論には「自利利他」の語が実に頻繁に登場する。解釈にも諸説がある。その中で私は「自利とは利他をいう」(最澄伝教大師伝)と解するのが最も正しいと信ずる。

仏教哲学の精髄は「相即の論理」である。般若心経は「色即是空」と説くが、それは「色」を滅して「空」に至るのではなく、「色そのままに空」であるという真理を表現している。

同様に「自利とは利他をいう」とは、「利他」のまっただ中で「自利」を覚知すること、すなわち「自利即利他」の意味である。他の説のごとく「自利と、利他と」といった並列の関係ではない。

そう解すれば自利の「自」は、単に想念としての自己を指すものではないことが分かるだろう。それは己の主体、すなわち主人公である。

また、利他の「他」もただ他者の意ではない。己の五体はもちろん、眼耳鼻舌身意の「意」さえ含む一切の客体をいう。
http://www.kamiyama.jp/sub-05.htm

自力と他力

・・・この様に見てゆきますと私たち人とは自分で生きている存在ではなく、生かされている存在であることが明らかになってきます。

それでは、人とは生かされる力(他力)により、生きている存在なのであれば、この「生かされる力」だけが充分あれば人も社会も成り立ってゆくのかと言えばそうもゆきません。生かされる力は与える側(他の存在)から見れば生かす力(自力)だからです。この「生かす力」と「生かされる力」、つまり「自力」と「他力」の両方がなければ人も社会も成り立ちません。成り立たないとは存在できないという意味です。
http://park16.wakwak.com/~hjm/wisdom_doc_3.html