戦略駆動型の独学システム

山口(2017)は、知的戦闘力を高めることを目的とする独学を「システム」として捉える方法を提唱している。それは、独学を「戦略」「インプット」「抽象化・構造化」「ストップ」という4つのモジュールで構成される動的なシステムの中で処理していくという方法である。戦略とは、どのようなテーマについて知的戦闘力を高めようとしているのかの方向性を定めることで、その戦略的方向性に基づいて本や他の情報ソースから情報をインプットする。そして、インプットした情報は、抽象化・構造化というモジュールにおいて、抽象化されたり他のものと結び付けたりして自分なりのユニークな示唆・洞察・気づきに変換する。そしてストックというもモジュールにおいて、獲得した知識、抽象化・構造化によって得られた示唆や洞察をセットとして保存し、必要に応じて引き出せるように整理するのである。つまり、このシステムでは、戦略に基づいて取捨選択された情報が「インプット」「抽象化・構造化」というプロセスで「咀嚼」され、それがすぐさま外部記憶装置に整理・格納されるわけである。


このような独学システムは、戦略駆動型の独学システムであるといえるが、それゆえに「戦略」の立て方が重要である。そのために山口はいくつかの指針を提示している。まず、武器を集めるつもりで独学するという戦略思考である。まず、自分のキャリアや仕事において「自分はどんな戦い方をするのか、どこで強みを発揮するのか」という大きな戦略をたてることが重要である。山口の場合は「人文科学と経営科学の交差点で仕事をする」という大きな戦略をたてているという。哲学・美学・歴史・社会科学・心理学といった人文科学の知見を経営科学の知見と組み合わせることで他の人とは異なる示唆や洞察を出し、それを仕事に生かしていくということである。このような戦略から必要となる武器が明確になり、何をインプットしないのかも明確となる。


独学の戦略は「何について学ぶか」という大きな方向性を決めることであるが、そのためにはテーマの設定を主とし、ジャンルを従とする。であるから、哲学を学ぶとか歴史を学ぶといったように「どのジャンルを学ぶか」という視点ではいけない。テーマとは、自分が追求したい「論点」である。例えば、山口の例では「イノベーションが起こる組織とはどのようなものか」「美意識はリーダーシップをどう向上させるのか」「共産主義革命はいまだに可能なのか」「キリスト教は悩めるビジネスパーソンを救えるか」などで5つから7つ設定するのがよい。そうすることで、ジャンルがクロスオーバーすると山口はいう。例えば、「組織における権力構造の理解」をテーマとして掲げる場合、歴史のジャンルに含まれる中世ヨーロッパの教皇と君主の関係は、組織論における権力とパワーバランスの問題に示唆を与える。そのほかにも、塩野七生の「ローマ人の物語」、マキャベリの「君主論」、フランシスコ・コッポラの映画「ゴッドファーザー」、サル学などの霊長類研究はそれぞれ「権力はどのように発生し、維持され、あるいは崩壊するのか」という論点についてさまざまな気付きを与えてくれるという。つまり「組織における権力構造」というテーマを主とした場合に、歴史文学、政治哲学、映画、動物行動学などのジャンルが従としてクロスオーバーするわけである。


独学の戦略が設定されると、インプットにおいては、いますぐ何の役に立つかは分からないけれども、この本には何かある、この本はなんだか知らないけど凄い、という感覚も大切にしながら行うことを山口は推奨する。「なんとなく、これは役に立つかもしれない」という感覚で集められた道具が、後でいろいろと組み合わされることで、将来役に立ってくるというわけである。その際、将来の知的生産につながる「スジのよいインプット」の純度をどれくらい高められるかがポイントだという。大量の本を浅く読み流しつつ「深く鋭く読むべき本」を見つける。一般的には名著・古典はハズレが少なくてよい。また、答えがなかなか見つからない「シャープな問い」を持つ。人間や世界をより深く理解するきっかけになる問いは、どこかでビジネスへの示唆にもつながると山口はいう。


「抽象化・構造化」は、知識を武器に変えるモジュールである。抽象化では、細かい要素を捨ててしまい、本質的なものだけを抽出する。獲得された知識そのものは、経験の束にすぎず、個別の経験には個別の文脈がある。そこから、文脈を捨象し、他の場面・状況においても成立するような普遍性のある命題や仮説にまで抽象化する。そして、他の分野と紐づけることで公理としての普遍性を確かめるのが構造化である。そうすることで、意思決定の質が上がる。すなわち知的戦闘力が上がるのだと山口は論じる。そして、大量かつ良質の情報のインプットと抽象化・構造化をすすめ、これらを脳内の記憶の頼ることなく、外部に効率的にストックし、自由自在に活用できるようにする。インプットした情報を海から釣り上げた魚に例えるならば、脳という家の小さな冷蔵庫に魚をしまっておくのではなく、外部のイケスに情報という魚を生きたまま泳がせるイメージでストックを行うのである。こうすることで、インプットし、抽象化・構造化したものを詳細まで記憶する必要がなくなり、関連するコンセプトやキーワードをイケスに紐づけておき、必要に応じてそのイケスから検索できればよいのである。